研究Front Line

最先端の臨床研究

大腸T1癌のリンパ節転移を予測する
AIシステムの開発-AMED研究結果報告-

一政 克朗/森 悠一/三澤 将史/宮地 英行/工藤 進英

本邦の大腸癌治療ガイドライン2019年版では、内視鏡的切除された大腸pT1癌の追加治療の適応基準が銘記されている。このガイドラインの強みはリンパ節転移の低リスク群、すなわち経過観察群の絞り込みに成功したことにある。当センターのデータでは、大腸T1癌患者の全体の約1/3がこの低リスク群に相当する。その後の多くの論文でリンパ節転移のみならず再発の観点からも現行ガイドライン低リスク群の安全性が報告されている。一方で、問題点もある。現行のガイドライン高リスク群でも実際には外科手術例の10%にしかリンパ節転移陽性例を認めない。すなわち、残り90%のリンパ節転移陰性患者は1.5-2%程度の手術関連死のリスクや人工肛門造設等によるQOLの低下と引き換えに結果的にはover surgery(過剰手術)を受けているのが現状である。より精度の高い転移予測モデルの構築により、低侵襲の内視鏡治療のみで根治できる患者数の増加が期待できる。

この問題を解決すべく我々はAIに注目し、2016年からAIを用いた大腸T1癌のリンパ節転移予測モデルの開発に着手した(科研費・若手研究B 17K159972、2017-2018年度)。外科手術前に得られる患者情報(年齢、性別、腫瘍径、脈管侵襲、組織型、等)とリンパ節転移の有無との関係を機械学習法によりパターン学習するものである。当センターで治療された590例の大腸T1癌を用いてAI予測モデルを構築し、別の100例を用いてAI予測モデルの精度を検証した結果、現行のガイドラインよりも予測精度が高い結果が得られた。理論上、AIでは現行ガイドラインに比べて14%程度の過剰手術を安全に減じることができる。これにより、患者への低侵襲医療の提供と医療費削減の2点において社会貢献が可能となる。

精度の高いAI予測モデルの構築に成功したものの、このモデルには1.単施設研究、2.外科手術症例のみを対象とし本来のターゲットの一部である内視鏡治療単独症例は解析に含めなかった、という2つの問題点があった。この2点を解決すべく、様々な種類のデータを用いた多施設共同研究を2017年に開始した(AMED『人工知能とデータ大循環によって実現する、大腸内視鏡診療の革新的転換』2017年-2019年度、研究代表者: 工藤進英)。そして内視鏡治療単独症例は5年間リンパ節再発がなければリンパ節転移陰性とし、解析対象に加えた。参加施設は昭和大学横浜市北部病院、がん研有明病院、国立がん研究センター中央病院、東京医科歯科大学、虎の門病院、静岡県立静岡がんセンター、大腸肛門病センター高野病院の7施設に加え、AI予測モデル開発は名古屋大学が担当した。本研究では6施設3134例を用いたAI予測モデルの学習、残りの1施設939例でモデルのテスト、という完全外部検証システムを採用した。AI予測モデルには患者年齢、性別、腫瘍径、局在、肉眼型、リンパ管侵襲、静脈侵襲、組織型の8因子を用いた。因子は今後の普及に向けてどの病院でも入手可能な患者情報に絞った。結果は現行の米国ガイドライン、日本ガイドラインと比べていずれもAIで有意にリンパ節転移診断能が高いという結果が得られた(Kudo-Ichimasa et al. Gastroenterology 2021)。

早期大腸癌は適切な治療が行われれば根治が可能な疾患である。リンパ節転移リスクの高いT1癌を手術せずに再発した場合死亡に至る一方で、転移リスクの低いT1癌を手術した場合過剰手術になる可能性がある。実際には、患者の年齢、performance status、基礎疾患の有無などの患者背景と癌の転移リスクとを総合的に判断して治療方針を決めることになるが、その際、癌の転移リスクを正確に層別化することは非常に重要であり、そこにAIが寄与し得る可能性を示すことができた。最後に、本研究に携わって頂いたみなさまにこの場を借りて御礼申し上げます。

2017年11月 キックオフミーティング 於:昭和大学横浜市北部病院

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